うつ病の時代といわれます。実際現在の精神科や心療内科を訪れるうつ病者の占める割合は不安障害(神経症)と並んでかなりのものとなります。
森田療法はその成り立ちやその後の発展をみても不安障害(神経症)をその主たる対象としてきました。つまり森田療法家は不安を理解し、その対処を助言する専門家であるといえましょう。しかしモリタの時代からすでにうつ病者をその治療の対象としてきたのです。
また最近の私たちの研究から明らかになったことですが、森田療法を求めてくる不安障害の少なからずの例がうつ病を合併しているのです。多くの場合まず神経症症状が先行し、二次的にうつ状態を呈しています。それは臨床的にも納得のいく現象です。
不安、恐怖にとらわれ、その悪循環に陥ってしまうと、その不安、恐怖との戦いに消耗し、その不安にどうしても対抗できないと無力感に落ち込んでしまいます。すでにこれはうつ状態です。これが神経症に引き続いて起こるうつ状態です。このような神経症と合併したうつ病者は精神療法を求めてきます。薬物療法だけでは問題が解決しないことを当事者は誰よりもよく知っているからです。これが森田療法の第一の対象となるうつ病(神経症性うつ病)です。
次いで大うつ病(今まで内因性うつ病と呼ばれてきたもの)のある森田療法の対象となります。つまりうつ病者の精神療法の適応はその時期によって異なります。精神療法が最も必要とされるのは、うつ病の回復期とうつ病が長引いてしまったときです。長引いてしまった状態をうつ病の蔓延化と呼びます。このように長引いてしまったうつ病の人は今まで十分な薬物療法を受けていたことを考えれば、それのみではとうてい対処できないことがわかります。しかし最近の抗うつ剤の進歩は皮肉な言い方をすれば、治療者の抗うつ剤信仰、あるいは依存に拍車をかけたようです。
うつ病を症状の数で診断し、症状の重症度と今までの経過で薬物商法をいわばマニュアル化して行う治療法が提唱されています。それは治療の標準化、治療のアルゴニズムと呼ばれ、治療の恣意性をなくし、平均化していく試みです。そのような意味ではそれ自体非難されることはないでしょう。しかしそれとうつ病という苦悩に満ちた体験と人生を理解し、その再建を助ける作業とは一応別なものであると考えたほうがよいでしょう。一方ではうつ病は薬物療法を行いながら、他方では状態に応じた精神療法が必要です。それゆえ薬物療法と精神療法は車の両輪といえるのです。
このような回復期と長引いてしまったうつ病で悩む人たちも森田療法を求めてくるようになってきました。そのうつ病者の特徴を挙げると、まず軽症であることです。しかし軽症であることとそこからの脱出が容易であることとは別なのです。むしろ軽症であるゆえに、うつ状態が長引いてしまう場合も多いのです。
その長引く要因には、社会家族的状況、本人の性格傾向、今までの生きてきた歴史の中で未解決の葛藤を抱えていること(若い頃からの神経症的傾向)、今までの治療状況などがこれに関与します。
また注意を要するのは医原病としてうつ病の蔓延化です。うつ病を治療する側のあまりに保護的な態度、つまり安易に長期の休養をうつ病者に処方することが逆にうつ病の蔓延化、あるいはうつ病者の社会的場面への回避を強めてしまうこともあります。そして治療者の過度のうつ病治療における薬物依存が大きな問題となります。
うつ病者の訴えを単なる症状というレベルで聞けば、それに見合った薬を増やすなり、薬の種類を変えるなりするしかありません。社会復帰が不安である、といえば抗不安薬を処方し、またうつに落ち込んだといえば、抗うつ剤の処方を変える。あるいは増量するなどです。
このように薬物療法に治療者もうつ病で悩む人も依存してしまえば、それがうつ病の蔓延化につながります。また不安へのとらわれを強めるという意味では神経症化を強めてしまいます。つまりうつ病に逃避してしまい、現実から逃避し、その人生の再建が難しくなる場合もあるのです。もちろん逆に抗うつ剤使用の不徹底さの蔓延化要因となることは、せでに多くにうつ病研究者の指摘するところです。
一方うつ病者は頑張り屋です。そのことが本人の抱えている深刻な問題をあたかも軽いものと見せかけ、人前(多くは仕事や治療の場面)でそのように演じてしまうこともあります。そのようにして一見すると軽症と周囲から、治療者からもみられ、そのまま蔓延化してしまうこともあるのです。
さらに深刻なのは、うつ病者がこのうつ病という事態が抱え込めなくなると、いちか糸が切れるように、自らの存在をなくしたいと思うかもしれません。
この文章は、「森田療法で読むうつ その理解と治し方」の序文に手を加えて、短くしたものです。興味のある方は本を読んでみてください。私の考え方をさらに知りたい方は、その本の中の「Ⅲ 森田療法でできること」に目を通していただきたいと思います。うつ病を「うつ」の悪循環として捉えること、その打破の方法、そして生き方の修正とうつ病治療などについて述べています。