(1)苦悩、病からの回復を援助する
現代は精神医学のバブル時代です。精神医学、あるいは精神医療がある意味では過剰に期待され、犯罪、不登校、学習困難などの社会問題、教育問題も精神医学化されています。それとともに多くの新しい病名が出現しました。その原因探しが行われ、またそれに対応する脳機能の異常が述べられたりします。新しい薬物が導入され、それを飲めば問題の多くは解決するように宣伝されます。果たしてそうでしょうか。森田療法ではそれとは違った視点を提供します。
森田療法とは、病からの回復の学である、と定義できます。私たちが人生で遭遇する苦悩から自分の人生を取り戻すための回復を援助する治療学です。その考え方は最近のリハビリテーション理論であるリカバリー論と通底します。すなわち極端な言い方をすれば、病気そのものが治らなくてもその人の人生は回復できる、人生の新しい意味と目的を創り出すことが可能であるという視点です。そして最も得意とするのが、人生上のさまざまな行き詰まりから不安、恐怖、うつ状態に陥った人への援助です。
(2)悩みの原因探しは意味があることか
私たちの不安・恐怖や悩みが脳内物質の不足で引き起こされるとしたら、その治療は薬物が主となります。最近不安の発作(パニック発作)で悩む人は、すべて薬物療法の対象であると決め付ける専門家もいます。そのためパニック発作を持つ少なからずの人が安易に薬だけを投与され、薬に依存しながらこれでよいのかと悩んでいます。もちろん適切な薬物は必要ですが、それだけで治療が事足りるとすることは医原病(むしろ治療することで病気を新たに作ってしまうこと)のもとになるでしょう。
また幼児期の心理的外傷がその人を深く傷付け、それがその人の悩みの原因となり、その人の人生を決定してしまうという考え方もあります。幼児期のみならず最近の悲惨な出来事がその人を打ちのめし、その心理的打撃からなかなか立ち直れない人たちも増えています。最近とみにいわれる心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。しかし過去の原因を探求し過去の出来事を知ったとしても、あるいはつらい過去の経験を打ち消すように試みても、その人は癒されるでしょうか。
これらの考え方は、不安の原因を探し、それを取り除く、修正することによって人の悩みや苦悩を軽減しようとするものです。いわゆる科学的な原因結果論に基づいています。
森田療法は悩みや不安の原因を探し、それを取り除くような治療法ではありません。発想を逆転して、悩みとどのように付き合っていくのかと考えたらどうでしょうか?それをむしろ生かしていこうと思ったらどうでしょうか?
森田療法はそのような問いかけに答えようとするものです。森田療法は迷路に入り込んでしまった人の悩みを自然で単純な事態に戻すと共に、自分で自分を治す力(自己治癒能力)を最大限引きだそうとします。
(3)回復を準備するものとは
心にはみずから癒す力があります。このことを前提に森田療法は組み立てられています。森田はこの療法を「自然療法」と自分で呼んだほど、自然という考え方を大切にしました。私たちの中にある自然を発見し、その自然に従って生きて行くことが、われわれの悩み、不安、恐怖の最良の解決法です。私は私たちが自然の治癒力を発揮させるには、次のようなことを必要とすると考えています。
①心を操作しないこと
まず、自分で自分の心を操作し、自分の思い通りにしようとしないことです。そしてどんな不快な感情でも、それをそのまま感じ取れる心を育てるように心掛けることです。
②待つこと
時の力を信じることです。待つことです。生活を整え、環境を選択し、自分なりに努力しながら、この身を自然に任せることです。必ず自分の心の持つ自然な治癒力が表れて来ます。
③今ここで出来ることをすること
そして今ここで、できることを一つ一つ取り組んでいくことが、悩んでいるときには内に、内に向きがちな心を外に向かわせます。それがまた回復を準備するのです。
そしてこの①、②、③を実行するためにも、それを見守る同伴者(メンタルヘルスの専門家、自助グループ仲間、家族など)が必要なことはいうまでもありません。
(4)苦悩の悪循環から抜けること-発想の転換
1.悩むことの肯定と欲望の発見
悩むことはきわめて人間的で自然な現象です。われわれは”生きたい”という欲望ゆえに悩むのです。悩みを取り去ろうとする試みは、”生きたい”という欲望の否定につながります。悩みを取り去ることから、悩むことを肯定し、その背後にある欲望を発見することが逆説的ですが、悩みの解決につながるのです。悩むことがあっての人生と発想を変えられたら、苦悩するときは苦悩し、そして喜ぶときは深く喜べるようになるでしょう。
2.悩みと共に
人は皆悩むものと思い定めたら、次には悩みと共に生きることを考えてみましょう。これも発想の転換です。悩んでいる人は、この悩みさえなければ、このことが気にならなければ、こんな気分さえならなかったら、と考えます。そしてそのような不快な感情、悩みを取り除くために知恵をしぼり、結果としてそれらを自分で拡大させてしまいます。悪循環の始まりです。
自分の注意を外に向けること、生活を見直すこと、自分自身を違った見方で見つめ直してみること、などで身近で手を出せることから始めてみたらどうでしょう。
3.恐怖に入り込む
人は不安、落ち込みなどの気分にとらわれると、気分の有無に一喜一憂してしまいます。そこで発想を変えるのです。その一つとして「恐怖突入」という言葉があります。恐怖を避けていればいるほど、恐怖はつのります。むしろ恐怖に突入し、恐怖の中に入れば、恐怖は薄れて行くものです。不安・恐怖は流動し、変化しやすいものだという体験ができます。
4.性格を生かす
悩んでいる人たちは、自分がこのように悩むは自分の性格が悪いのだと、しばしば信じています。 性格にはよい、悪いはありません。悩むことと性格が悪いこととは無関係です。とらわれやすい特徴があるというだけです。
ここでも発想の転換を勧めます。悩む人ほど 真摯に人生を取り組んでいる人はいません。しかし残念ながら、自分の生かし方を知らなかったに過ぎません。自分の神経質をうまく実際の生活に使うことを工夫してください。
5.今ここで
今を生きるということは、悩みと共に生き、恐怖に入り込み、自分の欲望を発見し発揮し、自分の性格を生かすことです。現在生きることを大切にするということが実は悩みの根本的な解決、病からの回復なのです。